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広島高等裁判所松江支部 昭和30年(ネ)51号 判決

控訴人 原告 森坂文一

訴訟代理人 田中秀次

被控訴人 被告 森坂英子

特別代理人 盛田惣十郎

代理人 君野駿平 外一名

主文

原判決を取消す。

控訴人と被控訴人とを離婚する。

右両名間の長女貴美枝(昭和二三年五月三日生)長男和男(昭和二七年三月九日生)の親権者を控訴人と定める。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

事実ならびに証拠の関係については控訴代理人において当審証人平野蔵吉の証言を援用したほか原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

公文書であつて、真正に成立したものと認める甲第一号証(戸籍謄本)によれば控訴人と被控訴人と昭和二三年四月二日婚姻の届出をしたこと、および右両名間に昭和二三年五月三日長女貴美枝、昭和二七年三月九日長男和男が出生したことが認められる。

そこで離婚原因が有るかどうかについて考えて見る。当事者間成立に争がないので真正に成立したものと認める甲第二号証、原審証人幡敏夫の証言(第一、二回)原審における控訴人と被控訴人特別代理人各本人尋問の結果を総合すると、被控訴人の精神状態は右婚姻当時は何等常人と違うことはなかつたが、昭和二六年頃から言語動作に常人と変つたところがあらわれ、昭和二八年三月八日医師幡敏夫の診断の結果精神分裂症とわかり、同年五月三日精神科幡病院に入院し今日に至つていること、その間電気衝撃療法その他の治療を受けた結果入院当時の粗暴性、幻視、幻聴、食欲不振等の精神分裂症の症状は次第に軽くなり現在ではまだ病識はないが粗暴性、幻視、幻聴はなくなり栄養状態も良くなり子供のことも気にかけるようになつたこと、しかし完全に回復するかどうかはなお相当長期間入院加療した上でなければ判明しないこと、が認められる。右事実によると被控訴人は強度の精神病にかかつたものということができるが現在その回復の見込がないものと断定することはできない。

そうすると被控訴人には未だ民法第七七〇条一項四号にあたる離婚原因がないといわねばならない。

ところが民法第七七〇条によると一般的に婚姻を継続し難い重大な事由のあることを裁判上の離婚原因とし、配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込がない事実はその一例をあげたにすぎないものと解すべきであるから、夫婦の一方が精神病にかかつているがその回復の見込がないとはいえないため前段認定の如く第四号所定の離婚原因にあたらない場合でも直ちにその請求を棄却すべきでなく、反対の事情の認められない限り離婚を求めている当事者は婚姻を継続し難い重大な事由があるものと主張をしているものとして判断を加うベきである。現に本件においても控訴人は被控訴人の現状では家を守り子を育てることは到底望めないとして離婚の請求をしているのであるから、婚姻を継続し難い重大な事由があるかどうかについて判断する。

原審証人幡敏夫の証言(第一、二回)によると被控訴人の病状は前述のとおり快方に向つてはいるが、発病後相当日時を経過して治療を始めたので回復に長期間を必要とし、完全に治癒しない時に家庭に帰ると刺激を受け却つて病状を悪化するおそれがあるのでなお相当長期間入院していなければならないことを認めることができる。一方、前顕甲第一号証、当審証人平野蔵吉の証言、原審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、控訴人(明治四五年三月二八日生)は家屋敷の外には格別の財産はなく煮豆昆布巻等の製造販売を業とし一月金一万円位の収入で一家の生活と被控訴人の入院費の一部(月額金千余円)をまかない、男手で前記子供二人を育てておることが明らかである。夫婦はその一方が精神病にかかつたときその回復を念願期待し愛情を持ち続けて夫婦の身分関係を持続して行くことは愛情を基として結ばれた者として当然のことであり人道上も望ましいことであるがこれを万人に期待することはできない。前記のような財政状態、家庭環境にある控訴人に対して入院以来四年を経過した今日なお将来何時退院できるかも予測のできない被控訴人と夫婦関係の継続を期待することは徳義上はともかくとして法律上は不能なこととせねばならない。そしてそれは正に民法第七七〇条第一項第五号にいわゆる婚姻を継続しがたい重大な事由がある場合にあたるものというべきである。

そうすると控訴人の本訴請求は相当であるからこれを認容すべきであり、前記各認定事実に徴して民法第八一九条の規定に則り未成年者である長女貴美枝長男和男の親権者を控訴人と定めるのが相当である。

よつて控訴人の本訴請求を排斥した原判決はこれを取り消すべきものとし訴訟費用の負担について同法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 藤田哲夫 裁判官 竹島義郎)

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